高校ATとしての心構え

December 25, 2018

「言葉」は非常に便利である。

 

言葉を使えば、自分の考えを相手に伝えることもできるし相手の考えを聞くこともできる。

 

しかし、自分の感情や思っていることを単純に表現できる言葉はなかなか見つからず、あらゆる表現方法を使っても、実際に自分が思っていることや考えていることを相手に100%伝えることは難しい。だからこそ、少しでも伝わるようにあらゆる言葉を使って表現していく。人によっては、難しいから諦めて伝えないという選択もあるかもしれない。それはそれで良い選択だと思う。

ただ、伝えようとしなければずっと伝わらないという事実もあることは認識しておかなければならない。何か伝えたいなら伝えなければ一生伝わらない。

 

高校ATとして私の主な対象者は高校生や、顧問の先生達になるわけだが、ATとしての専門的用語は一般用語でないため、専門用語をそのまま伝えても、聞き手に伝わらないことが多い。いや、むしろ伝えたい事の10%でも届けばマシな方である。

大人であってもそうであるのに、まして高校生となれば尚更である。

 

そのため、私は専門家として相手と接する際には、まず相手の立場や、情報量、興味・関心、状況、説明中の反応などを考慮して、可能な限り理解しやすく説明を心がけている。

 

こちらが、仮に自分は絶対的に正しい事を相手に伝えているんだと思っていても、まず相手がそれを「受け取る」状況になければ意味がない。

まず聞いてもらえなければ、自分の本当に伝えたいことの意図を理解してもらうことは非常に困難だからである。

 

さらに言うと、聞いてはくれても、相手をしっかりと目で見て、耳で音を感じて、心で受け止めるように「聴いて」もらえなければ真の価値はないとも言える。

 

相手が自分の話をなかなか聴かない、聴こうとしないということが生じると、つい「受け手」が悪いと考えてしまっていたことがある。私の非常に悪い癖だ。

こんなにあなたの事を想って伝えているのに、なぜ聞いてくれないんだ、という風に。

 

しかし、冷静に考えると、これは絶対的に自分が正しい、としか思えていないからこその態度とも言える。これは傲慢な考えであり、第三者からすれば随分と高飛車な者の態度と感じるだろう。

文章を書きながらも自分に対してそう思う。

 

果たして、自分の考えが本当に全て正しいんだろうか。

果たして、伝えたい言葉のどこかに矛盾していることはないのだろうか。

果たして、受け手が聞かない理由はないのだろうか。

果たして、自分の普段の行動は、相手に物を言える状況であるのか。

 

他にもたくさんあると思うが、少なくともこの4つを自分の胸に手を当てて問うてみると、何か心当たりのあることが必ず出てくる。私の場合は。

 

このように考えると、聞いてくれないのは受け手の問題でなく、伝えようとしているこちら(私)に問題があるからと考えることが出来る。

 

選手同士間や、指導者と選手、専門家と現場(選手や指導者)のコミュニケーションを図る上で時に生じる軋轢は、相手がどうのというよりも、まず「自分自身」がどうであるかということが重要だと考えるようになってきた。

 

そう思えるようになってからは、選手や指導者へ接する際には、決して意見の押し付けではなく、相手の意見や考え方を尊重した上で、専門家としてこういう考え方もありますよと、新たな選択肢を提案出来るようになってくる。そうすることで、普段よりも多くのことが相手に届く経験をしている。

 

いかに自分を高め、相手に聴いてもらえる人間性でいるかにフォーカスを当てると、物事の考え方ががらりと変わる。

 

相手に何か求める前に、まず自分がどうすべきかを考えることが重要で、そう捉えられると、毎日いろんな発見があり、自身の成長につながる。

 

何より、様々なことを肯定的に捉えられるようになり、日々が楽しくなる。

現に、今働いている高校ATの仕事は、私は非常に楽しいと心から感じている。

 

ATの仕事であるスポーツ傷害後の応急処置、復帰に向けたアスレティックリハビリテーション、傷害予防トレーニングなど、なにをするにしても、まずATが行うのは、相手が何を求めているのかを聴くことから始まる。いわゆる問診である。

 

相手の主の訴えは何であるのかよく聴かなければ、その先どうしていきたいのかが見えず、相手の求めることと、こちらの提供するものが噛み合わなくなる。

そのため、できるだけ詳しく聴き取ることが重要だが、ここでATが信用されていない人間であれば、いくら聴いても引き出せない。

 

最近は、初めて対応する選手と接する際に

 

この人に話しても自分に不利益はないだろうか

自分の話をしっかりと聴いてくれる人なんだろうか

 

こんな心の声が見えるようになってきた。

それを感じ取った場合、やみくもにこちらが話をしても不信感のある私の話など相手は聴いてはいない。しかし、選手はその場を取り繕うと「はい、わかりました!」と嘘をつく(決めつけで失礼ではあるがその経験が数多くある。)

 

 

私は、たくさん専門的な知識を学んできたと過信していたが、結局のところ、相手が聴いていなければそれはなんの価値もないということが平成の終わりの時期にようやくわかりました。

 

聴く力をより高め、相手の真の訴えを引き出し、相手の望む未来(競技力向上、傷害予防、己の成長など)をサポートできるATになるためにも、「自分」をよく見つめ直して新たな時代を迎えようと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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