出藍の誉れ ~高校ATの立場から~

August 29, 2019

出藍の誉れ(しゅつらんのほまれ)

 

恥ずかしながら、私が最近になって知った言葉です。

 

この言葉の意味は、

 

「教えを受けたもの(生徒や弟子)が、教えたもの(先生や師)よりも優れていること」です。

 

先生と生徒という関係は、まずスタート地点においては先生が生徒よりも高い位置にいます。むしろそうでなければいけません。そうでなければ、生徒に対して教えるものが何もないことになってしまうからです。この高い位置というのは、年齢、経験、知識、技術、思想、発想力など、どんな形であれ相手にとって必要な能力が秀でている必要があります。相手が望む能力を相手以上に高度な形で身に付けていて、かつ上手く相手に伝えることができて素晴らしい先生や専門家と言えると思います。

 

ある日のこと、私がリハビリ担当する選手で、こんなケースがありました。

 

ケガが重症であったために、長期リハビリが必要でしばらく部活動参加できなかったある男子サッカー部員。長い期間を経て、ようやく練習へ段階的に参加(復帰)していくことが可能となっていました。彼は部活動開始前になると、アスレティックトレーニングルーム(以下ATR)へ来て、以前負傷していた部位やその他の調子を私に相談にきてから練習場へ行っていました。長期のリハビリにより練習参加への不安や、再発への不安などの相談も含め、運動開始前と運動後にATRへ毎日来ていたその選手が、ある日を境にパったりと来なくなります。

 

長期のリハビリ期間により接する時間が多くなったことで、心身両面でその選手の側面を知っていた私にとって、大丈夫かなと単に不安に思いました。

 

それで気になった私は、その選手がいる活動現場へ行って、直接質問してみることにします。

 

「○○君、いつもATRへ部活動前後には来ていたけど最近来なくなってどうしているのか心配だったんだ。その後は大丈夫?」

 

すると、彼は

 

「はい、大丈夫です!いつもチェックしてもらっていたので、自分でできる確認方法や、どういう時にAT(専門家)に相談するべきかの基準が自分の中にできて、セルフチェックのみで今のところは調子が良いので行ってませんでした。すみません。復帰できてから、練習が早くしたくて・・。それと練習後もチームメートとの過ごす時間が楽しくて、ATRへ寄らずにそのまま帰ってました。でも、教えてもらっていたセルフケアはしっかりと欠かさずやってるんですよ!それもあって、ケガしたところの調子は良いです!・・ただ、長い間チームから離れていたので、スキル面で調子は微妙なんですけど(笑)。でも今は、競技をできていることが楽しいです。時間あるときに伝えようと思っていたんですが、ありがとうございました!」

 

と、清々しい表情で話してくれました。

この言葉を受けて、2つの気づきが私にはありました。

 

1つは、この選手は自分自身でできるチェック、つまりセルフコンディショニングが十分にできているということ。これは、私が普段接する選手達によく伝えていることです。ATや治療家などの専門家が毎日、24時間常に近くにいるわけではないのだから、自分のコンディションを自分自身で管理すること、セルフケアやセルフチェックができることが大切。何でもかんでも人任せではいけないよ、ということを彼は実践していたという事です。

 

何でも、知らぬうちは初心者であるため、わからない事があるのは当然です。ですが、知識でも技術でも、繰り返し意識して行うことで、初めての状態からは確実に成長、あるいは変化します。その成長や変化を自覚し、自立していくことは、スポーツ以外の場面でも必要な能力と私は考えています。

そのため、この選手の成長と変化に対して、素直に嬉しく思いました。

 

2つ目は、私自身のエゴの強さでした。

というのも正直なところ、いつも自分を頼りにして来てくれていたのに、黙って何も言わず来なくなるなんて、という想いが私の中には少なからずありました。いや、結構・・・。

 

しかしこれはよく考えると、自分勝手過ぎる考えでした。

高校部活動というのは、授業を終えてから一斉に全部活動が活動開始します。

ですので、練習開始前の相談者も、各部活動の選手達が一斉に来室してATRは混雑します。中には、簡単な評価で終わる選手もいれば、テーピングが必要であったり、今日の練習参加の内容について指導が必要な場合があったりと、ATが相談人数分いるわけでないので、当然順番待ちの選手が出ます。

そうなると、一端相談に来た選手の中には、それほど重症ではないし、練習参加できない程ではないから、早く練習へ行こう、という選手も少なからずいます。まして、長期で競技離脱していた選手にとって、限られた練習時間を有効に使うためにも、少しでも早く練習場へいって、活動したいというのは当然のことでしょう。

 

そもそも困っていなければ専門家に用はないのです。

特に不自由なく競技に専念できるのであれば選手には、その競技に専念してもらえることが、ATとして望ましい形です。ATは主役ではなくサポート役なので、選手が活き活きと活動できていれば、その選手が求めない限りは必要がないのです。我々ATはそんな選手達が困らないようにサポートする、あるいは困ったときの助っ人である必要はありますが、自分から必要性を強制するものではないのです。

 

その選手は私の教えから、必要な事を吸収し、自分の活動に活かし自立していたのに対し、いつまでも自分が必要な状態であると私は勘違いしていたのです。

 

自分を頼ってくれていることに酔って、いつも来ていたのが来なくなったことについて相手を責め、自分の思い通りにしようとしている、私自身のそんな心の姿勢が恥ずかしくなりました。

 

それに気づいてからは、同様なケースが生じても、冷静にかつ暖かい気持ちで見守れるようになり、私が考える本質の部分で ”高校スポーツの安全を守る” が出来るようになってきたように思います。

(と思っているだけで、まだまだ出来ていないかもしれませんが・・・)

 

出藍の誉れ、この言葉から自分自身を見つめ直すことで己の未熟さを痛感しました。

 

高校ATとして、ある時期、ある部分においては選手達にとっての先生や専門家かもしれませんが、全てにおいて先生というわけでは当然なく、むしろ生徒と思っていた者の方がある事において先生であることは十分にあります。

 

高校ATとして、いや、人生において私は先生側でなく生徒という気持ちで、過信せず、謙虚に、かつ出藍の誉れの精神で学ぶことを継続し続け、自分自身の成長を止めないでこれからも行こうと思います。

 

そんな私ですが、高校ATとして先生の立場でいる必要もあるので、自身の成長は欠かせません。そんな私から何か受け取った相手が、更なる成長をしていく過程を想像するとワクワクしますし、そうしなければ私のいる意味はないという使命感も湧いてきます。

 

川平ATRでの高校ATという仕事は、そんなワクワクする仕事が出来る場所です。

この環境下で働ける私はかなり幸運です。

 

出藍の誉れ、改めて素晴らしい言葉だなと思います。

 

写真は、先日開催したAT講習会(体育授業)です。

この中から、一人でも多くのATを志す者が現れたら嬉しい限りです。

そうなった時、私自身が今から成長していなければ、当然追い越されると思うので、今から危機感持って学び続けます。

 

それにしても、高校のうちから授業で専門的なことを学べるの羨ましいなぁ・・・

こんな環境でもう一度高校生活送ってみたいものです。

 

 

 

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