楽を選ぶ  ー高校ATの視点からー

September 28, 2019

ふと、楽しいとは何だろうと考えます。

 

私にとっての楽しいとは、身体の仕組み(骨や筋肉など)がスポーツにどのように関係していて、どうして良いパフォーマンスや悪いパフォーマンス(ミスやケガ)に繋がるのかということを、あらゆる視点から考察し、原因追求していくこと、わからないことを人に聴くことや書籍や論文を読むこと、自分で考えることが何より面白いことと考えています。そんな知的好奇心の欲求を満たす過程と、それによって得られた知見を駆使して、関わる高校生の求める悩みを解消または改善に導くことが実感できた瞬間(選手の望ましい結果に貢献した時など)は、とてつもなく嬉しく、そして楽しいと思うことができます。

 

しかし常に思い通りにいくことばかりではなく、予想された結果とは違った結果になることもあります。トレーニングやリハビリの経過が思うようにいかないケースです。

これは、その選手に対して心から申し訳ないという想いと、なんとかしなければという想いに突き動かされます。

 

うまくいかない時は、ものすごく悔しく、残念でもあり、落ち込みます。

ですが、どうしてその結果になったのかという事にすぐ意識を変え、自分の勉強不足を痛感しつつ新たな知的好奇心が私の感情を高めていきます。

 

自分の勉強不足が故に、選手への良いサポートにならないのであれば、私が楽しいと思う瞬間を減らすことになってしまうので、選手のために、・・・いや自分のために学ぶことをやめるわけにはいかないという状況です。

 

もともと興味のある(身体、動き、スポーツ、ケガ、リハビリ、心)分野についての知的好奇心を埋める作業である勉強そのものが楽しく、読書すること、直接選手との対話、有識者との対話、指導の結果などから得られる学びの過程は私にとって最高に楽しいことなのです。

 

結果として、思い通りにいっても楽しく、思い通りにいかなくても、どっちにしても楽しいことになってしまいます。

 

楽しいことは、私にとって「楽」なこととも考えています。

 

楽なので、あまり疲れませんし、明日はどんな「楽」があるのかと期待し一日を終え就寝できるので、熟睡できて翌朝の目覚めもスッキリ、朝からテンション高めです(笑)

 

いかにして「楽」をするかをテーマに、自分の作業効率を上げることや、自分の将来を考えながら毎日を楽しんでいます。

 

「楽」はカラダに良いものです。

実際に、楽しい事が多いと生体反応は良い方向に働き、健康なカラダを維持できます。

年中怒っていたり不満ばかりの生活を送っていると、表情まで暗く、体調も崩しやすくなってしまって、良い事はあまりありません。良いことがあっても、その事に気づくことができず損してしまうことさえあります。

楽に生きたほうが良いのです。

 

そんな「楽」にはもう一つの「楽」という考え方があります。

 

それは、現状に満足した状況。変化を好まず、新たな変化を受け入れない状況。「井の中の蛙」という段階です。とにかく自分の考えで全て行動したいので、他者の意見は聴きません。自分以外の考えには興味がないので、自分に物を言うようなことがあれば(親や指導者、トレーナーの助言、仲間など)、時には反抗的になり、無視をして完全なる自分の世界から抜け出さない状態です。

 

変化することというのはエネルギーを使います。エネルギーを使うと疲れます。なので、変化したくない気持ちも多少はわかります。疲れないように「楽」をしようということです。

 

ですが、こちらの「楽」については少々問題点があります。

 

疲れないように「楽」しているはずなのですが、自分の力を発揮したい勝負所において、なかなか思うような結果(勝利や成功)に繋がらず、イライラして負のストレスをたくさん溜めていて、かえってその怒りのエネルギーのため疲れてしまうということが起こります。

 

正に、そんな光景を高校スポーツ現場で見かけます。

ある2人の高校スポーツ選手で例えると

 

①全国大会出場を掲げ、日々の鍛錬に励み、鍛錬そのものは体力的に厳しい内容であるけれど、己の成長とその過程を楽しんでいる、言い換えれば「今苦しいけれど後が楽」という状況の選手。

 

②特に大きな目標はなく、日々の鍛錬は苦しいので手を抜き、己の成長ではなく今できることの範囲内で楽しんでいる、言い換えれば「今苦しいのが嫌だから、今が楽」という状況の選手。

 

この2人の選手は“大会”というイベント事が生じるとある共通点が発生します。

 

両者はその競技そのものが好きなことは同じなので、好きな競技においての勝負には「勝ちたい」という想いが生じます。

 

その際の勝ちたいという想いの熱量は、2人の選手には差があまりないことが多く、誰も負けたいと想って大会へ望むことはありません。

 

しかし、その大会の結果は、この2人にとってどんな結末があるかというと、

 

①の選手は、結果が良くても悪くても、その結果から次に向けてどうしようという視点が常にあるので、活動意欲の低下はほとんどみられません。勝利しても意欲が高く、敗北しても、次に向けての切り替えが早いものです。新たな取り組みまでの行動力と瞬発力が高く、そんな選手の場合は、普段の練習から試合でも再現性の高い(安定した)パフォーマンス発揮ができており、勝っても負けても楽しんでいるケースが非常に多く見てきています。

 

一方②の選手はというと、結果が良くても悪くてもというわけにはいかず、結果が良くなければ、ただただフラストレーションを溜めて、次なる切り替えが①の選手に比べて非常に遅くなります。結果が良かったとしても、その内容は偶発的なものが多く、再現性のあるパフォーマンスではないことが多々見られます。

 

そもそも②のタイプの選手に関しては結果が良いことはあまりなく、普段の積み重ねなくして結果を出す選手をこれまで振り返っても、なかなか思い出せません。

 

 

①の選手の場合には、先に「楽」をしないことで後からの「楽」を掴みにいくケース

 

②の選手の場合には、先に「楽」をして後からの「楽」を取りこぼすケースとも言えそうです。

 

 

ここでいう後からの「楽」とは、“嬉しい” や “楽しい“ という快楽という意味での「楽」。

 

どちらの選手も、自分で選んだのであれば文句は言えません。

 

私は、関わる選手が自分で選択した結果ならどちらでも良いと思うのですが、②の選手のタイプは①の考え方そのものを知らないというケースにも巡りあったことがあるので、①の考え方も提示してみて、それで選んだ「楽」な選択について必要な分のサポートをしていこうと思っています。

 

ちなみに私は①を選びますし、①の選手のタイプが好きです。

 

高校ATとして、いつも選手からたくさん考えさせられ、私ばかりが学びをもらっているように日々感じています。そんな私ですが、求められる選手たちの期待にしっかりと反応し、支えることで恩返ししていこうと思います。

 

今後も『高校スポーツの安全を守る』を念頭に様々な視点から引き続きサポートしていこうと思います。

 

 

・・・・・・あなたは、どちらの「楽」を選びますか?

 

 

 

 

 

 

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